足が痛みが無くなって、また散歩が日課に戻りつつあるのですが、バーチャルアイドルが歌っている「ビターチョコデコレーション」という曲が散歩している間中頭の中に流れ続け、その事で少し凹んでいます。
ビターチョコデコレーション
皆さんはビターチョコデコレーションという曲を知っているでしょうか?
syudouさんという方が作詞作曲をした初音ミクの歌で、確か2019年頃の曲だと思うのですが、私はまだ働いていた頃の2020年頃にYOUTUBEで知りました。
当時も闇が深い曲などと言われていたようですが、私は特に闇が深いとは思わず、私が聞いた感想は「何か失礼な曲だな」という感じでした。
何故ならビターチョコデコレーションの歌詞は、まさに私の他人との距離の取り方(人間関係)を否定というか揶揄されているように感じられたからなんです。
それでもヴォーカロイドに興味を引かれ良く聞いていた曲だったのですが、皮肉な事に人間関係などで精神を病んでビターチョコデコレーションも全く聞かなくなってしまいました。
そして再会
以前オッサンは、還暦にもなってバーチャルアイドルにハマっているという記事を書いた事がありました。
現在も良く配信を視聴して、それ以外にもアーカイブなども良く見ています。
そんな私の好きなアイドルの一人に、ホロライブの白上フブキさんという方がいるのですが、その人のアーカイブで、忘れていたビターチョコデコレーションと再会しました。
家に引きこもりガチになっている現在、改めて聴くと最初とは真逆の印象を受けました。
以前は不快に感じられたのに、現在はかつて働いてきた仕事仲間に申し訳ないという気持ちで一杯です。
何故なら自分の価値観を正しいと思い、それを年齢や立場を利用して周囲にも強要していたからです。
他人との距離
ビターチョコデコレーションでは
「人を過度に期待しないように」「気取らぬように」「目立たぬように」と他人と距離を置き、また「傷つけぬように」「虐めぬように」しながら「偽善がバレないように」する事が社会に溶け込む術であるかのように歌っています。
二番でも同様に「無駄に自我を晒さぬように」「話さぬように」「笑わすよりも笑われるように」「人をちゃんと敬うように」「でも決して嫌味にならないように」「どんな時も笑って愛嬌を振りまくように」と歌っています。
これって、幼少期からのオッサンの処世術というか生き方そのものでした。
決して親や周囲から強制された訳でなく自然と身についたもので、自分でも仕事を辞めて完全にボッチになるまで何の疑問も持っていませんでした。
オッサンの幼少期
何故こんな生き方をしてきたかというと、おそらくオッサンの幼少期が始まりだったような気がします。
オッサンが幼い頃、オッサンの母は父方の叔母の食堂に住み込みで働いていた時期があります。
看護師資格を持っていた母が何故病院を辞めたのか? 何故父と離れて暮らしていたのか? は不明ですが、息子には言えない何らかの事情があったのだと思います。
食堂での暮らしは、今から考えると一般的な生活ではありませんでした。
朝起きると、枕元にカゴが置いてありその中にパンが入っていて、それを食べて幼稚園に行き、幼稚園から帰ると食堂を遊び場(当時はお手伝いのつもりでした)に、夕飯は食堂の賄いで、ほとんど母と会話した記憶はありません。
私が子供の頃の日本は、高度経済成長の真っ只中でアチコチで工事があった事や、食堂の隣が居酒屋だった事などから店は酔っ払いで溢れ、ケンカ沙汰は日常茶飯事でしたし店をウロチョロする私も怖い思いを何度もしました。
そんな中、自らを守る為にビターチョコデコレーションのような生き方を自然とするようになったのでは? と考えています。
養護学校でのイジメ
歪な生き方をするようになったのは、養護学校でのイジメも切っ掛けだったかも知れません。
小学校に上がって一学期が終わった時点で「親と学校の話し合い」が行われ、オッサンは通常の学校から他県の病院併設の養護学校へ転校する事になりました。まあ理由は何となく想像出来ますが……
養護学校は全寮制で、親元から離れて或る意味で刑務所のような集団生活をするのですが、オッサンはそこでイジメに遭いました。
知ってますか? 子供だけの社会で大人の制止が入らないと、子供は際限なく残酷になれるんですよ。
全寮制という閉鎖空間で行われるイジメは、漫画やドラマで描写して良い範囲を超えていました。
気持ち悪くなる人もいると思うので具体的な描写は避けますが……
そんな養護学校での生活で、私のビターチョコデコレーションな生き方は、更に完成されたのではないかな?
最悪な社会人
社会人になっても、そんな生き方を変えられる筈もなく年齢を重ね、やがて年功序列に従って後輩たちを指導する立場になります。
オッサンは部下や後輩にも、ビターチョコデコレーションな人との接し方を強要しました。
それが医療従事者として、患者さんとの最適な距離感だと信じて疑っていませんでしたから。
「患者は身体的な不調や精神的な不安を抱えているので、親切丁寧に接するように」
「全ての患者と平等に接する為には無駄に思い入れず、適度な距離を保つように」
「患者の病状などは医師が話す事なので、そうした会話を避けるテクニックを身につけるように」
「リップサービスを忘れずに、時には自分が笑われる事も厭わぬように」
「患者の前では無駄に自分を晒さないように」
オッサンは「偽善も思いやりの一つ」と信じ、周囲の人間にも「そうであれ」と立場を利用して強要して来ました。
「やっぱいいや」
そんなオッサンが、精神的な不調で退職を切り出した時の周囲の反応は推して知るべしですよね。
病院側とだけでなく職場内でも何度も話合いを持ちましたが、患者との付き合い方だけでなく様々な不合理を押し付けて、何人もの職員を退職に追いつめて来たオッサンが、職場がコロナ禍の中で大変な状況の中で、自分勝手な理由で全ての責任を放棄する。
まさに「立つ鳥の後きっと糞のアート」そのもので、職場の雰囲気も悪くなって当然です。
話し合いの中で、何人かの職員が何か話しかけては止めていた時の顔が、ビターチョコデコレーションの「やっぱいいや」という表情に重なります。
退職して半年以上が経過し、ようやくあの時の表情の意味が分かったような気がします。
本当にごめんなさい
オッサンは、多くの人に不快な思いをさせて来ました。
「アナタと仕事をするのは無理です」と言って、職場を去って行った人も数知れず。
今となっては取返しも付きませんが、本当に申し訳なく思っています。
イジメられていた幼少期を言い訳にする訳ではありませんが、年齢を重ねるにつれ立場を利用してイジメる側に回る……本当に人として最低ですね。
そんなオッサンが人間関係で精神を病み、仕事を放棄したクセに今度は社会的な繋がりを欲する。
本当にどれだけ自己中心的な人物なのだと、ビターチョコデコレーションが頭の中でリフレインされる度に凹んでしまいます。
ちなみに、オッサンはビターチョコデコレーションの「僕」ではなく、おそらくそれを強要していると思われる「顔の無い世話係」の方ですね。
ああ……また負のスパイラルに嵌まりそう……
とにかく今迄傷つけてしまった全ての人には心からの謝罪を。
決して許されるとは思っていませんが、本当に申し訳ありませんでした。
それと、こんな記事に引用してしまったsyudouさんと白上フブキさんにも申し訳なく思っています。
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